
今月12日、ニューヨークで発行された最新版「世界の食料安全保障と栄養の現状」(SOFI2021) 報告書 によれば、世界の飢餓人口はさらに増加し最大8億1100万人と推計されました。栄養不足人口は増加、子どもの発育阻害の改善は鈍化し、世界中で成人の過体重と肥満が増加しております。
エグゼクティブサマリー・報告書概要
COVID-19パンデミック以前から、2030年までに世界の飢餓と全ての栄養不良を解決するための工程に遅れが生じていました。パンデミックはゴール達成をより困難にしています。本報告書は、2020年の食料安全保障危機と栄養不良状況を評価したうえで、2030年に向けた飢餓・栄養不良の状況を予測し、世界の食料安全保障と栄養問題解決のためにとるべき対応を示しています。
今年の報告書は、現在世界が直面している危機的状況について、過去4年間の分析にも言及しつつ、エビデンスをもとに、食料安全保障と栄養問題に影響を及ぼすドライバー(原動力)について分析しています。報告書は、食料安全保障と栄養問題の解決、全ての人々が健康な食生活を享受できる状況を実現するために、部分最適な(サイロ:家畜飼料の貯蔵倉庫。窓がなく周囲が見えないことから、縦割り型組織において全体最適のための部門間連携がとれていないことを意味する)解決法に陥ることなく、フードシステム全体を転換するための分野統合・横断的な解決法の必要性を訴えています。
世界の食料安全保障と栄養問題
飢餓撲滅と食料安全保障での進展に関する最新の指標について
2020年、COVID-19パンデミックの影響を受け、世界の飢餓人口は上昇しました。2014-2019年の間、ほぼ一定水準であった栄養不足蔓延率(PoU)は、2019‐2020年の間に8.4%から9.9%に悪化、2030年までに「飢餓をゼロに」と謳ったSDG2の達成に暗雲が立ち込めています。2020年の推計では不確実性も込みで栄養不足蔓延率(PoU)は9.2‐ 10.4%の範囲で悪化する見込みです。
人数で換算すると、2020年、世界中で7.2憶人から8.11憶人が飢えに直面していたことに相当します。中央の値(7.68憶人)をとると、2019年に比べ2020年には1.18憶人の追加的な人々が飢えに直面して
いたことになります。
地域格差も深刻です。2020年、アフリカでは五人に一人(21%)が飢えに直面しており、これは1年で3%の上昇に相当します。ついてラテンアメリカ・カリブ海諸国(9.1%)、そしてアジア(9%)が続きました。2020年の栄養不良の人々の半分以上(4.18憶人)がアジア、3分の1以上(2.82憶人)がアフリカで、ラテンアメリカ・カリブ海諸国は8%を占めました。
あらゆる栄養不良の側面に着目すると、健康な食生活を享受するためのコストが高いことに加え、極度の所得格差があいまって、2019年時点で世界の30憶人の人々が健康的な食生活を送る経済的余裕がないと推計されました。これらの人々の多くがアジア(18.5憶人)とアフリカ(10憶人)で顕著にみられることが報告されました。
栄養指標 ‐ 世界の栄養問題改善に向けた進展についての近況
パンデミック抑制を目的とした社会的距離措置により、2020年の栄養アウトカムに関するデータ収集は限られたものになりました。したがって、最新の推計はCOVID-19パンデミックの影響を反映したものではありません。
2020年、世界的に、5歳以下の子供の22%に相当する1.49憶人が発育阻害(Stunting栄養不足に起因する低身長)を患っていたとされています。発育阻害率は2000年の33.1%から2012年には26.2%、2020年には22%と減少しつつあります。2020年、世界で発育阻害にある子供の4分の3近くが中央南アジア(37%)とサブサハラアフリカ(37%)で報告されました。
2020年、5歳以下の子供の6.7%に相当する4540万人の子供たちが消耗症疾患(Wasted‐栄養不足に起因する低体重)に陥っていました。4分の1近くがサブサハラアフリカ、半数以上が南アジア(この地域での消耗症率は14%を超える)で報告されました。
同年、世界の5歳以下の子供の5.7%(3890万人)が過体重でした。この数値は世界的にみて過去20年間ほとんど変化がありませんが、特定の地域では上昇傾向がみられます。
大人の肥満(Obesity)は上昇傾向にあり、2012年の11.7%から2016年に13.1%に上昇しています。2012-2016年の間、ほぼすべての地域で上昇傾向にあり、2025年までにこの傾向を食い止めることを目指す2025年世界保健総会(World Health Assembly)目標達成へ向けた工程に遅れが見られます。
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世界各国がCOVID-19パンデミックへの対応を迫られる中、健康・食料・教育・社会保護システムを通じて必要な栄養サービスを維持することが困難になっています。パンデミック期間中の子供の健康状況についての調査によると、調査国の90%(135か国中120か国)で2020年8月時点での栄養サービス提供範囲に変化が生じたと回答、半数の国が栄養介入に関して50%かそれ以上のサービス提供範囲の縮小を報告しました。
2020年の栄養アウトカムに関するデータがないかわりに、報告書は、COVID-19パンデミックのインパクトを織り込んだモデル分析の結果を示しました。2020-2022年、中庸的な シナリオの下では低・中所得国の5歳以下の子供の1120万人が、より悲観的なシナリオの下では1630万人が、消耗症疾患に陥ると予測されています。さらにモデルは、パンデミックの影響で、2022年までに追加的に340万人の子供が発育阻害の影響意を受けるとしています。
2030年までに飢餓とあらゆる栄養不良問題を解消する目標について
持続可能な開発目標SDGs達成に残された期間が10年をきる中、報告書は、2030年までに目標2.1(2030年までに、飢餓を撲滅し、全ての人々、特に貧困層及び幼児を含む脆弱な立場にある人々が一年中安全かつ栄養のある食料を十分得られるようにする)と目標2.2(5歳未満の子供の発育阻害や消耗性疾患について国際的に合意されたターゲットを2025年までに達成するなど、2030年までにあらゆる形態の栄養不良を解消し、若年女子、妊婦・授乳婦及び高齢者の栄養ニーズへの対処を行う)が達成可能かどうかの評価見直しを示しました。
2030年までの栄養不足蔓延率(PoU)に関する今年の予測は、グローバルな動的一般均衡モデルに基づく構造的なアプローチ(a structural approach based on a global dynamic general equilibrium model)によって推計されました。COVID-19パンデミックのインパクトを考慮したシナリオと、考慮しないシナリオの2つについて分析が行われました。
COVID-19シナリオの下では、世界の飢餓人口は2020年に7.68憶人(世界人口の9.9%)でピークを迎えた後、2021年には7.1憶人(9%)、2030年には6.6億人(7.7%)へと徐々に減っていくとされています。しかし2020-2030年の進展は地域間で大きく差があります。アジアでは飢餓人口の大きな現象が予測されている一方(4.18憶人から3億人)、アフリカでは飢餓人口の増大(2.8億人から3億人)が見込まれ、2030年までに栄養不良人口でアジアと並んでしまうことが予測されています。
COVID-19シナリオの下では、パンデミック無しのシナリオに比べ、2030年時点で3000万人多い人々が飢餓に直面していると予測されています。この差は、パンデミックの世界食料安全保障への負の影響が、食料アクセス格差の拡大を通じ、長引くことを反映しています。
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最近の食料安全保障と栄養トレンドに影響を及ぼす主要なドライバー(原動力)
最近の食料安全保障と栄養トレンドに影響を及ぼすドライバーに対処する上で、「フードシステム」の視点が欠かせない
近年、様々な栄養不良疾患を解消する試みの進展を滞らせ、飢餓人口の上昇をもたらしているドライバー(原動力)に、紛争、気候の不安定化と異常気象、景気減速・低迷があります。深刻で根深い社会格差は、こうしたドライバーによる負の影響を増幅しています。加えて、世界中の人々が食料安全保障の危機と様々な栄養不良疾患を患っている背景には、健康的な食生活が多くの人々にとって経済的に手の届かないものであることが原因としてあげられます。食料安全保障・栄養問題に影響を及ぼす主要なドライバーは、それぞれ独立したものでありながら、完全に排他的ではなく、相互に作用することで、フードシステムの異なる結節点において重層的なインパクトをもたらしています。
例えば、紛争は、生産・収穫・加工・輸送・投入財供給・金融・マーケティング・消費にわたるフードシステムの全ての側面に負の影響を及ぼします。直接的な影響として農業・生活資産の破壊があり、財・サービスの取引・流通の寸断をもたらし、栄養に富む食の入手可能性と価格に負のインパクトを与えます。
同様に、気候の不安定化や異常気象は、フードシステムに重層的なインパクトをもたらします。農業生産性への直接の影響に加え、国内生産のロスを埋め合わせようとする各諸国の行動によっては食料輸入にも影響を及ぼします。気候変動関連の災害は、フードバリューチェーンを通じ、食料・非食料農産物セクターに負の影響をもたらします。
他方、景気減速・低迷は、失業や賃金・所得低迷のために健康的な食生活を享受する可能性が絶たれるなど、食料へのアクセスというチャネルを通じて、フードシステムにインパクトをもたらします。景気減速・低迷の原因は、市場の混乱、貿易戦争、政情不安、あるいはCOVID-19のようなパンデミック、など、いかなる要因かにかかわらず、インパクトの波及経路は共通です。
健康な食生活を送るためのコストが高すぎて実現不可能であるという状況は、人々の所得水準のみならず、フードシステムにおいて栄養に富む食の調達コストを高くつかせる何らかのドライバーが絡んでいることもあります。実際、フードシステム自身が、食料安全保障と栄養に負の影響を及ぼすドライバーを抱えていることもあります。
貧困と格差は、食料安全保障と栄養に影響を及ぼす、紛争・気候・経済低迷といった主要なドライバーの負のインパクトを増幅する構造的な要因となります。負のインパクトは、フードシステムや食を取り巻く環境全体に及び、結果として健康的な食生活を享受する可能性や栄養のアウトカムに影響を及ぼします。
貧困や格差といった構造的要因は、フードシステム以外の環境システム・ヘルスシステム等との相互作用・還元的なインパクトを通じ、食料安全保障を維持する基盤を弱体化させる作用があります。
食料安全保障と栄養に影響を及ぼすドライバーのインパクト
過去10年間、紛争、気候の不安定化と異常気象、景気減速・低迷の頻度は上昇し、世界の食料安全保障と栄養を悪化させています。とくに懸念されるのは、栄養不良問題を患い食料安全保障の危機に直面する人口を多く抱える低・中所得国です。
低・中所得国の半分以上が、2010-2018年の間に、紛争、気候不安定化と異常気象、景気減速・低迷の一つ以上を同時に経験することを原因として、栄養不足蔓延率(PoU)の上昇を経験しました。
世界的なトレンドを分析した結果、2014年とりわけ2017年以降に栄養不足蔓延率(PoU)が上昇している状況を、紛争・異常気象・経済低迷の影響を受けた低・中所得国と過度の所得格差のある国における栄養不足蔓延率(PoU)の上昇により、説明できるとしています。
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紛争・異常気象・経済低迷のドライバーのうち、複数のドライバーの影響下にある国々では、健康的な食生活を入手できない人々の割合が68%と、ドライバーが一つのみの国々よりも39%高く、ドライバーの影響を受けていない国々よりも66%高い状況でした。これらの国々は、食料安全保障上の課題(47 %)でも高い値が報告され、唯一のドライバーの影響下にある国々より12%、どのドライバーの影響を受けていない国々よりも38%高い、と報告されました。
食料安全保障・栄養改善・健康な食生活を実現するためのフードシステム転換に必要とされること
食料安全保障と栄養トレンドを規定するドライバーに対応する6つのパスウェイ(経路)
持続的かつ包括的で全ての人々にとって健康な食生活を実現するにあたり、食料安全保障の危機と栄養失不良問題を規定するドライバーを解決するフードシステム転換が求められます。そうしたフードシステム転換を可能にする6つのパスウェイ(経路)を提案します。
紛争地域における人道支援・開発・平和構築政策の統合
フードシステム全体を通じた気候強靭性強化のスケールアップ
最も脆弱な社会層を対象とした経済危機への強靭性強化
栄養に富む食のコストを抑制することを目的としたフードサプライチェーンへの介入
貧困層に配慮した包括的介入を通じた貧困と構造的な格差の解消
人類の健康と環境にポジティブなインパクトをもたらす食習慣を促進するための行動変容推進
多くの国が複数のドライバーの影響を受けているため、同時進行で複数のパスウェイを適用する必要があります。複数のパスウェイを同時に適用するには、全体として一貫性を担保し、効率性を保障するための調整が必要となります。政策、投資、法整備からなる包括的なポートフォリオが、フードシステム転換の実現において中心的な役割を果たします。
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転換的な変化をもたらす上で、資産・資源を保有せず僻地に暮らす小規模農民に代表されるような貧困で脆弱な社会層のエンパワメントや、気を付けないと取りこぼされてしまいがちな女性・子供・若者のエンパワメント、が必要不可欠となります。エンパワメントの方法には、自然資源・農業投入財や技術、金融資源・知識や教育へのアクセス改善のための措置が含まれます。そのほか、組織化能力の改善や、デジタル技術・コミュニケーションへのアクセスもエンパワメントの重要なツールとなります。
食習慣の変更は、人類の健康と環境にとってプラス・マイナス双方の効果を持ちます。特定の国のコンテクストと消費パターンに応じて、より健康な食習慣のための環境づくりと、栄養に富み、健康で、安全かつ環境負荷の低い食習慣を促進するよう消費者をエンパワーするための政策・法整備・投資が必要となります。
一貫性ある政策・投資ポートフォリオの構築
フードシステム転換にあたり、国・地域・グローバルの各段階において、既存の政策・戦略・法整備・投資が分野ごとに区分化されているという事実が、障壁として立ちはだかっています。この課題を克服するには、フードシステム全般にわたり食料安全保障と栄養に負の影響を及ぼすドライバーに対する包括的な対応を可能とする、分野横断的な政策・投資・法整備ポートフォリオの策定と実施が不可欠となります。
政策・投資・法制度ポートフォリオは、フードシステム転換の実現に向けた革新的で体系的な変化に対し、全ての関係者が建設的に関わるためのインセンティブを提供するよう設計される必要があります。世界中から集められた事例から選ばれたベストプラクティスや教訓に基づき、本報告書は、ローカル・国・地域・グローバルなレベルにおいて、健康な食生活を可能にする強靭なフードシステムへの転換に必要とされるアクションに関する多くの実践的で革新的な具体例を提示します。
フードシステムのパフォーマンスは、環境システム・ヘルスシステム・社会保護システムに加え、より広義でのアグリフードシステムを含む他のシステムとの整合性と相互作用に依存します。例えば教育システムは、栄養に富む給食提供、食料生産に必要な知識やスキル向上、就学中の児童に対する栄養教育、人類・環境への負荷を最小化する食に関する消費者の意識向上など、フードシステム全体において重要な役割を担います。
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全ての人々が健康な食生活を享受することを可能にし、様々な攪乱要因・ドライバーへの強靭性を有するフードシステムへの転換を成功させるためには、全ての関係者が得をする解決法(win-win solutions)を見極めて最大限行使していく必要があります。システム転換につきものですが、新たな技術・データやイノベーションを導入する結果、システム内のバランスが変化し、勝者と敗者が生じるような事態も想定されます。フードシステム転換の便益を最大化し、不利益を最小化する上でカギとなるのが、分野横断的なアプローチとシステム間の整合性です。
結論
国連の最新の統計によると、世界の飢餓は記録的水準にあり、今も増加し続けています。 2021年には、飢餓人口は最大8億2800万人に上り、前年比4600万人、新型コロナウィルス感染症のパンデミック開始以降1億5000万人増加したことが「世界の食料安全保障と栄養の現状2022(SOFI)」報告書で明らかになりました。
2030年まで10年をきった現在、世界は飢餓と栄養不良の解消に向けた目標から遅れをとっているだけでなく、飢餓の解消に関しては逆行さえしています。報告書は、世界中で実施されたCOVID-19封じ込め策による景気減速により、飢餓人口は過去数十年でも最大の伸び幅を記録し、中でも大きな打撃を受けた低・中所得では、栄養分野での進展が帳消しされてしまった事態を示しました。実際、COVID‐19は氷山の一角でしかなく、紛争・気候不安定化や異常気象・景気低迷や減速といったドライバーによってフードシステム内で醸成されていたより構造的で深刻な問題を、パンデミックがあぶりだしました。近年、紛争・気候不安定化や異常気象・景気低迷や減速といったドライバーが複数同時進行で起こる頻度も上昇し、食料安全保障と栄養に深刻な影響を及ぼすようになっています。
2021年の国連食料システムサミットでは、世界中の人々がフードシステム転換を支援するために必要な具体的なアクションが提示されることになっています。本報告書が提言した6つのパスウェイは、コンテクストに応じて、単独あるいは複数同時に実行されることで、飢餓人口の解消や栄養改善の進展を阻むドライバーに対するフードシステムの強靭性を強化し、全ての人々が健康な食生活を享受できる状況の実現に貢献することが期待されます。
6つのパスウェイの実行を通じたフードシステム転換に伴う便益を最大化・不利益を最小化する上で、分野横断的なアプローチとともに政策とアクションやシステム間の整合性を維持することが重要な役割を果たします。他分野に及ぶ社会転換ポートフォリオを構築する上で、一つの分野での政策実施がその他の分野に負の影響を及ぼさないように配慮する(さらに可能であれば分野間の補強をもらしうる)という政策の整合性への配慮が重要となります。全ての関係者が得をする解決法(Win-win solutions)を担保することができる、整合性ある政策・投資・法整備ポートフォリオを構築するには、システムアプローチが必要とされます。
出典:国際農研